2006.08.31 8月31日
1978年8月31日、ゲオルク・ショルティ指揮シカゴ交響楽団

ティペット:交響曲第4番
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」
ザルツブルク音楽祭、祝祭大劇場。

ティペットは77年にショルティ&シカゴ響により初演され、これは翌年の再演。
この頃はショルティとシカゴの全盛期であったものの、アメリカのオケのためライヴ録音の日本への供給は少なく(一説に米国のテープ使用料の高さがあったという)、70年代後半にザルツに登場した際の「オケ・コン」や「展覧会の絵」、「巨人」などの放送はエアチェック・マニアたちを震撼させ、アメオケに飢えていた彼らの渇きを大いに癒したという。
また、同時期の77年に待望のコンビ初来日を果たしたことも大きく、その衝撃もあってか、シカゴ響だけは例外的にNHK-FMで本拠地の演奏が紹介され、ショルティ指揮のブルックナー4番、「田園」交響曲、レヴァインのマーラー2番、ロジェストヴェンスキーのものなどが若干だが特集として放送されている。
この演奏会はザルツにおけるもののひとつだが、「悲愴」はパワフルで豪快、まさに彼らの力の程が感じられる演奏だと思う。ただ、今聴くとショルティの音楽はストレートで一本調子すぎる感もあり、微妙ではある。むしろ後年のベルリン・フィルとの演奏(94年、WOWWOWとNHK-FMで別日の定期が放送)が、非常に即物的な峻厳さを極めた音楽で大変な名演だった。
「精神的な深みに欠ける」「力づくの音楽作り」と一方で揶揄されもしたショルティの、まさに面目躍如たる演奏であった。
2006.08.30 8月30日
1997年8月30日、クラウス・ペーター・フロール指揮フィルハーモニア管弦楽団(独奏ジュリアン・ラクリン)

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番
ルツェルン音楽祭、モースシュタールハレ。

東独出身のフロール(1953-)指揮の演奏会。
フロールはルツェルンで行なわれているクーベリック指揮者コンクールで 最優秀の成績を収めたのがキャリアの始まりであった。
彼はベルリン響の音楽監督時代の87年に初来日公演を行なっており、私は前橋汀子とのブラームスとベートーヴェン7番(FM東京でも7番は放送されていた)を聴いていて、素晴らしく活き活きとした名演奏だったのを覚えているが、それから東独崩壊などもあり、それ以来あまり演奏に接することはなかった。
90年代後半になって、NHK-FMでようやく彼の演奏会ライヴが立て続けに放送されたのは喜ばしいことだった(この他ベルリン・ドイツ響とのショスタコ9番、コンセルトへボウとの「新世界から」など)。
CDでも6番など録音していたので、ショスタコーヴィチは得意なのかな、と思っていたらこの10番はもう凄まじい演奏だった。
躁鬱のコントラストが絶妙で、第二楽章の狂騒ぶり(ティンパニの強打が凄い)はカラヤンのロシア公演にも比肩し、第一・三楽章の重さ・暗さは並でなく、更には凄絶に煽りまくる(オケは少しへタリ気味だが)第四楽章と、言い過ぎかもしれないが、音楽の巨大さは師匠ザンデルリンクにも迫る勢いだった。
この頃のNHK-FMは、海外ライヴの質が下がり始めていた時期だったが、これらフロールの放送には大いに溜飲を下げた記憶がある。しかし、フロールはこれ以後また放送されなくなった。
後に海外のネットラジオにて、地元ドイツやオランダでの演奏会の模様が少しづつ流れているのは嬉しい。
なお、会場のモースシュタールハレは、由緒あるクンストハウスから現在の文化会議ツェントゥルムに音楽祭会場が移行する間、1997年にルツェルン音楽祭の会場として使用された。
2006.08.29 8月29日
1982年8月29日、クラウス・テンシュテット指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

マーラー:交響曲第10番〜アダージョ
ベートーヴェン:交響曲第3番 「英雄」
ザルツブルク音楽祭、祝祭大劇場

テンシュテットのほとんど唯一のウィーン・フィル客演となった演奏会。
マーラーの10番はライヴでは他にない。「エロイカ」はEMIから91年のライヴが編集で出ており、裏青で出ている79年ロカルノでのライヴ(NDR)も放送されていた。
この年のザルツブルク音楽祭オーケストラ・コンサートでは、カラヤンが「天地創造」、マーラー9番(BPO)を振り、アッバード、小澤、レヴァイン、ムーティがウィーン・フィルを指揮、テンシュテットがその最後の指揮者であった。
当演奏は指揮者・オケ双方がかなり険悪な中行われたもののようだが、演奏自体にそれを感じさせる箇所は少ない。放送における解説の金子健志氏は、フルトヴェングラーやクナッパーツブッシュの時代を彷彿させ、カラヤン(を代表とするこの時期の演奏傾向)とはあらゆる点で真逆の演奏であったと語っている。弦の異様に深く重い響き(葬送行進曲の荘重さは白眉)、テンポをたっぷり取り、どっしりと構えた巨匠的な音楽はテンシュテットの集中力を物語っており、実に素晴らしい。
先日のスウェーデン放送・SRP2では没後10年ということで、チェリビダッケ特集を一週間ほどかけて盛大に行いました。SRP2は日本のNHK(とNHK交響楽団)のように、スウェーデン放送交響楽団の定期演奏会(+特別演奏会、海外公演も若干)のフォローがしっかりしており、過去の演奏もしばしば流してくれます。

チェリビダッケ(以下チェリ)はこのオケを1962年に初めて指揮、以来1971年まで定期的に登場したため、SRP2でもたまに流れるのですが、命日の8月14日から19日まで四つのプログラム、単発放送や演奏会のアンコールも含め、総計25曲が放送され、この週の番組表は実に壮観でした。
これだけ一気にアーカイヴ音源を蔵出ししたのは、定期的に古い音源を流してくれるハンガリーのBartokRadioでもそうなく、珍しいことです。

チェリのドイツにおける追っかけだった、クラウス・ヴァイラーの著書には、放送された1969年の9月24日のベルリン公演の評が載っています。少し長いですが、そのまま引用します。

(・・・)あの有名な、これほど多くの人に敬愛されるマエストロを、ベルリンのフィルハーモニーで再び聴ける日がやってきた。今やどれほど巨大な、何年もの間くすぶり続けてきた共感の波がこの男に対して向けられているかは、単に肌で感じ取られただけでなく、指揮者が壇上に登場するや何分間も鳴り止もうとしなかった拍手の嵐からもはっきりと聞きとれた。(・・・)演奏後の喝采には何度も「ブラヴォー」の叫びが滝のように降りそそぎ、熱狂的な様相を呈していた。
チェリビダッケとそのオーケストラはこの拍手に、まずはファリャの「三角帽子」で応え、さらにアンコールを重ねていった。
            ―ヴォルフガング・ブンテ(ターゲスシュピーゲル)

ちなみにこのときのメイン・プロのブルックナー4番はDGからもCDが出ています。
放送された演奏会では、アンコールはドヴォルザークのop.46-8だけでしたが、時間の関係かあるいは、その前に放送した2ヵ月後のウィーン公演で4曲アンコールを披露しているので、重複としてカットされたのかも知れません。

で、この一連の放送で興味深かったのはチェリがアンコールを連発していること。

余談ですが、日本におけるチェリ受容史は、NHK-FMがこのストックホルム時代の演奏をいくつか―ミケランジェリとの「皇帝」、ブルックナー9番など―流したことから始まりますから、まだチェリが巨匠として一般的に認識されていた訳ではなく、結構面白い指揮者がいる、とエアチェッカーの間で口コミで広がっていったのだそうです。
それから70年代後半〜80年にロンドン響や読売日響を振りに来日、80年代後半以降のミュンヘン・フィルとの来日で、日本でも徐々に巨匠として神格化されるに至ります。
私もチェリを意識して聴き出したのは、この神格化された90年代以降なので、どうしても「巨匠」というイメージがついてしまいます。

前掲の最後の二行、「チェリビダッケとそのオーケストラはこの拍手に、まずはファリャの「三角帽子」で応え、さらにアンコールを重ねていった。」が今までどうしても腑に落ちなかったのです。
その「巨匠」というイメージに囚われていたからでしょうか。「巨匠」になればなるほど、アンコールはやらないものですから。

ロンドン響との来日放送やロンドンでのライヴ集成のCDも聴きましたが、今回の放送のインパクトには及びませんでした。
この放送での、ベルリンやウィーンでの演奏や聴衆の熱狂振りを聴くと、日本やロンドン(の70年代)では、なにかもうひとつ熱が薄く、まだこの指揮者の素晴らしさがイマイチ理解されていなかったのかも知れないとも思うのです。第二次大戦後にベルリンを背負っていた若かりし熱血チェリの、その遠い記憶が、非ドイツ語圏にはなかったからでしょうか。

今回初めて、日本ではその全貌が知り得なかった、壮年期のチェリの凄さを感じることができました。後年の、巨大な塑像のような演奏からは窺い知ることのできない、熱いテンションの塊のような音楽を。
70年代の時期でさえヴァイラーが熱く語る、「チェリビダッケは伝説となり、神話と化していった」という一節にも、ようやく共感を持って頷けるようになりました。

アンコールの「スラヴ舞曲」の、後年とはまた違った、生命力の爆発したような、実に歓喜に満ちた演奏ひとつとっても本当に素晴らしい。音楽がスウィングしています!
8月25日、Musiq3にて録音したビエロフラーヴェクとブルノ国立フィルによる夏のコンサート。
お国物中心ということでかなり楽しみにしていたが、録音を聴いてビックリ。
相変わらずMusiq3のいい加減中継炸裂なのである。
まずは3曲目のマズレック冒頭でアナウンスが曲頭に被る。初めて聴いたが勇壮な曲想でよかっただけに、無念。
さらに最後のスラヴ舞曲(アンコール含め4曲)では、なぜか録音レヴェルが下がっている。Musiq3のナマだけに予想していたこととはいえ、ガックリ。
まあMusiq3は今回の放送も含め、定位の左右逆はデフォルトだし、何かと録音者泣かせではあるのですよ。
おそらく元の放送局はVltavaでしょうが、ここもイマイチストリームが安定しないイメージだし、他の中継局は192kbpsとはいえ米国並にリミッターのかかるPolskie2(しかもDLしにくい)、低レートのFranceMusiques 。
だからMusiq3を選択した訳です。。。
それでもMusiq3は自然な感じの音で、重宝してはいるのです。ビエロフラーヴェクの指揮も小粒ながら安定した音楽で、概ね満足。
2006.08.28 8月28日
1974年8月28日、カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ウィーン交響楽団

J・C・バッハ:協奏交響曲イ長調
ヒンデミット:交響曲「画家マティス」
ブルックナー:交響曲第2番
ヘルシンキ音楽祭、フィンランディア・ホール。

ジュリーニのウィーン響首席時代(73〜76年)のライヴ録音。短かったが、両者にとって実り多い
仕事だったようで、FMライヴとしては他に荘厳ミサ、ヴェルディのレクイエム、マーラー9番などが放送され、当演奏を含めいずれも豊穣な名演。
ジュリーニは80年代に入り、ブルックナーでは7番以降の曲をかなり取り上げるが、この時期はそれほどでもない。実際ライヴの放送もこれ以外ない。
2番についてはTESTAMENTから同年の録音がCD化され、未聴だが評価はすこぶる高いようだ。
ヘルシンキの音楽祭はあまり知られてはいないが、FMライヴでは過去かなりの放送があった。