2006.10.30 10月31日
1975年10月31日、ミヒャエル・ギーレン指揮シュトゥットガルト放送交響楽団

ドビュッシー:夜想曲
ホリガー:七つの歌
バルトーク:弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽
シュトゥットガルト、リーダーハレ内ベートーヴェンザール。

ギーレンは既に70年代からNHK-FMの常連で、通常のオーケストラ・コンサートや音楽祭客演、現代音楽ライヴ(ドナウエッシンゲンなど)と非常に多くの演奏会が放送されている。
N響にも(サヴァリッシュの口利きだったという)75,77年に客演し「幻想」やシューマン2番、伝説的なマーラー7番など指揮している(シェーンベルクの「変奏曲」がN響伝説のライヴで聴け、「幻想交響曲」の断片も最近N響アワーで紹介されていた)。
シュトゥットガルト放送響はギーレンが客演としてよく指揮していたオケのひとつ。この時期のシュトゥットガルトの指揮者陣は、今から見ると錚々たるメンバーで、チェリを始めとしてライトナー、セガルやギーレンにベルティーニなど実力者たちののお宝ライヴが続々であった。シュトゥットガルトの自主制作盤によるC・クライバーのボロディンも確かこの頃の演奏で、ギーレンでは「優雅で感傷的なワルツ」が入っていた。
演奏自体は意外にもテンポを遅めに取り、各楽器のテクスチュアを明快に分離させているもので、予想通り熱さはこれっぽっちもない。夜想曲は静謐さが全編を支配し、神々しいほどの出来。バルトークも先日のフェレンチークとは全く異なるタイプの演奏だが、透き通るような清涼感があるのはチェリの客演によるオケの影響が感じられる。
2006.10.30 10月30日
1955年10月30日、ディミトリ・ミトロプーロス指揮ニューヨーク・フィルハーモニック
ラモン・ヴィナイ(ジークフリート)アストリッド・ヴァールナイ(ブリュンヒルデ)
クリフォード・ハーヴォット(グンター)ルボミル・ヴィチェゴノフ(ハーゲン)
ルシーネ・アマーラ(グートルーネ)
ヘルタ・グラッツ、ロザリンド・エリアス、シェーケ・ヴァーカナジャン(ラインの乙女)

ワーグナー:ジークフリート〜森のささやき
同:神々の黄昏〜第三幕
ニューヨーク、カーネギーホール。

DISCANTUSのCDで、最近まで出回っていた廉価のミトロプーロスのライヴの中の一枚。現在はURANIAから出ているようだ。ミトロプーロスのワーグナーでは、他に57年METでの「ヴァルキューレ」全曲も出ていた(NUOVA ERAなどで概出だったが)。
配役ではヴィナイのジークフリートがここでしか聴けないので非常に貴重だ。グラッツとアマーラの二人は、以前GEBHARDTから出たシュティードリーとMETの「リング」(1951年)でもラインの乙女を歌っている。
NYP絡みでは、放送録音でロジンスキー指揮の管弦楽曲集がいくつかあり、自主制作盤によるバーンスタインのボックス・セットに70年の「黄昏」抜粋(アイリーン・ファレルとジェス・トーマスのコンビ)も入っているが、あまりにも高価なためいまだ手が出せずにいる。
音質はそれなりだが同時期のライヴ録音と比べても遜色ない。
演奏はミトロプーロスらしく、やはり熱気と粘り気が感じられるが、思ったほどの爆発でもない。これはワーグナーに関しては、バイロイトの同年代のライヴが余程凄過ぎるということもあるのだろうか。しかし葬送行進曲や終曲での興奮は十分で、傾聴に値するものではある。
ヴィナイのジークフリートはバリトナルな肉厚の声で力強さがあり、やはり素晴らしい。ヴァールナイも全盛期の凄みが十分に感じられる。残念なのはハーゲンが弱いのと、合唱と一番最後のハーゲンの台詞(Zurück vom Ring!)がカットされていることか。
2006.10.29 10月29日
1973年10月29日、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

ブラームス:交響曲第3番
ドビュッシー:海
東京、NHKホール。

東京公演五日目。ここでも聴衆の熱狂が凄まじく、ほんの僅かだが手持ちの60年代NHKライヴ音源ではこうした異常な大騒ぎが少なく、どうもこの辺りから日本の聴衆が演奏会に対してこなれてきたような気がする。
それにしても普通の指揮者とオケなら、もう一曲追加だろう的な薄い選曲だ。
晩年のジルヴェスターコンサートの「古典」交響曲・ベートーヴェン5番は歳のせいもあろうが、カラヤンは基本的にこうした「薄い」プログラミングを好んでいるように思われる。
しかし演奏は最初から飛ばしている。ブラームスは低音のゴリゴリ感といい、ティンパニの打ち込みの激しさといい、壮絶なアンサンブルの上手さといい、物凄い。ところがコーダ寸前での聴衆のフライング拍手が著しく興を殺ぐ。すぐに止むものの、あの静かに終わる諦念の美が台無しで実にもったいない。
「海」は、芯の一本通った力強い演奏。終曲のペットのソロの、何と上手いことか。
それにしてもこの73年ライヴは演奏中にいろいろなことが起きている。クラシックの演奏会が、ひとつの「事件」だった頃の幸福な記憶、というに相応しい。
2006.10.28 10月28日
1973年10月28日、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

モーツァルト:交響曲第41番「ジュピター」
チャイコフスキー:交響曲第4番
東京、NHKホール。

東京公演四日目。「ジュピター」では始めどうも座りがよくなくもう一つ乗っていない感じだが、段々と精気を取り戻し第三楽章からは生き生きした名演奏になってくるのが面白い。
また、第二楽章の途中でドアの閉まるような大きなノイズがあり、最後もややフライング気味のブラヴォーが掛かるのはご愛嬌か。
チャイコフスキーはカラヤンの同曲演奏中、屈指の出来だ。ライヴでは80年代のものもあるが、整然とした響きで進みつつも、各所でライヴの感興にも大いに乗っており、激演の部類だ。特に第四楽章の最後は徐々に加速しその白熱ぶりは異常。最後の音にシンバル追加(結構多くの指揮者がやっているが)しているのも効果を上げている。総体的に、73年当時の日本でのライヴ録音としては、聴衆の盛り上がりが凄くて珍しい。
2006.10.27 10月27日
1985年10月27日、デヴィッド・ジンマン指揮ベルリン放送交響楽団
ボリス・ブロック(ピアノ)

ムソルグスキー:禿山の一夜
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第1番
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第3番
ストラヴィンスキー:火の鳥(組曲、1919年版)
ベルリン、フィルハーモニー。

ジンマンがロシア音楽の小〜中編を特集した興味深いプログラム。ジンマンは意外にもNHK-FMへの登場が70年代のオランダ音楽祭(オランダ室内管の常任の頃)にまで遡れる。
チャイコフスキーの3番のコンチェルトは珍しく、ネットラジオでマズアとフランス国立管がチャイコフスキー・ツィクルスをやった最近の演奏くらいしかほかに思い出せない。なお、「禿山の一夜」は偶然だろうが初演からちょうど99周年目の演奏。
この頃からすると、ジンマンがまさかああいう形のベートーヴェン全集で一気に名を売るとは思ってもみなかった。
FMではモダン・オケを指揮したライヴがいくつか放送されており、なかなかの実力派だとは認知していたが、いやはやベートーヴェン(でブレイク)とは、と驚きだった。
97年頃の来日公演でボルティモア響とのチャイコフスキー4番も聴いたが(ラフマニノフ2番のプロは放送された)、基本的に師匠のモントゥーと似てフレージングの捌きというか処理が実にサクッと明快で、気持ちのよい音楽を聴かせてくれる人という印象は昔から変わらない。そのためか音色の美しいボリス・ブロック(78年ブゾーニ国際コンクール一位)との協奏曲は聴きものだ。
また、この年10月14日にギレリスがモスクワで亡くなっていて、チャイコフスキーはその追悼として演奏する旨のスピーチをブロックが行なっており、そのまま放送された。
2006.10.26 10月26日
1973年10月26日、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
小林道夫(チェンバロ)

バッハ:ブランデンブルク協奏曲第1番
ブルックナー:交響曲第7番
東京、NHKホール。

73年の来日公演二日目。前日の初日はベートーヴェンの5番と6番で、君が代」と西独国歌も演奏されている。マズアとゲヴァントハウス、ロジェストヴェンスキーとモスクワ放送響などもこの頃の慣例?に従い国歌を演奏しているが、現在の外来オケ飽和状態に比べ、この頃の有名オケの来日が今よりもずっと重く受け止められる事件であったことを示す慣例だといえるかも知れない。ちなみにベルリン・フィルの「君が代」は弦が濃厚に歌う美しい演奏だ。
このときの来日は人気作曲家の代表作をズラリと並べたもので、ベートーヴェンとワーグナー以外はそれぞれ一曲ずつ取り上げられている。
カラヤンのブルックナーは端正で崩れが少なく、劇的な演奏だ。その意味である種の批評家から忌避されることもあったように思うが、ここではライヴの感興にも乗り雄大さも十分、実に素晴らしい。
2006.10.25 10月25日
1987年10月25日、レナード・バーンスタイン指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管弦楽団

シューベルト:交響曲第7番「未完成」
マーラー:交響曲第1番「巨人」
ベルリン市制750周年記念コンサート、フィルハーモニー。

西ベルリンでの二日目。夕方四時からのマチネーだった。NHK-FMの「海外クラシックコンサート」では金子健志氏がホストで、ゲストにこの演奏会を直接聴いた渡辺和彦氏が呼ばれていたが、伝説の9番以来ベルリンはとにかく凄い熱気だったと語っている。この人が興奮して喋っているのもかなり珍しいことだ。
「巨人」はDGから同時期のライヴが出ているが、やはりこちらの方が何倍も素晴らしいのは先日の第9番と同じだ。全てがバーンスタイン節である訳だが、晩年の異常デフォルメで有名なモーツァルトのレクイエムや「悲愴」、「トリスタン」などと違い、マーラーの場合はそれが見事にハマっているのが認められる。聴衆の盛り上がりも最高潮で、ブラヴォー大連発大会になっているのも、さもありなんだろう。
「未完成」はやはり昨日と同じく、彼にしては大人しいと思えるほど曲のよさをストレートに引き出そうとしており、意外だった。
また、この時期の「巨人」ライヴでは翌11月にニューヨーク・フィルの定期を振った録音もあり、前プロにシューベルトの5番もやっていて、これらもまた素晴らしい。
他に25日のフィルハーモニーでは、日曜だったためかアルノンクールがベルリン放送響の定期を振った演奏会がダブルブッキングされていて、クレーメルとのベートーヴェン、ハイドン103番を演奏、こちらもFM東京で放送されているのが珍しい。
2006.10.24 10月24日
1987年10月24日、レナード・バーンスタイン指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管弦楽団
ルチア・ポップ(ソプラノ)アンドレアス・シュミット(バリトン)

マーラー:歌曲集「子供の不思議な角笛」
シューベルト:交響曲第8番「グレート」
ベルリン市制750周年記念コンサート、フィルハーモニー。

ベルリン市の市制750周年記念の演奏会は、東西問わずかなりの録音がFMでも紹介されたが、このバーンスタインとACOの25日と併せた両日の演奏会がクライマックスだったと言えるだろう。日本ではNHK-FMがまとめて海外クラシック・コンサートで放送している。
シューベルトとマーラーを組み合わせたプログラムで、24日は角笛と大ハ長調という重量級の曲が並べられており、演奏も大変に気合の入ったものだ。特に角笛のオケの伴奏が実に素晴らしく、ポップも美しく絶品。A・シュミットはやや勢いに任せた若い歌で、レヴェルゲなどはベリーやF・ディースカウに一歩も二歩も譲るが、ライヴらしいノリは感じられる。
大ハ長調は意外にも肥大化せずに、この時期のバーンスタインらしからぬストレートな演奏になっている。しかし全編愉悦に満ち、天国的な名演だ。
2006.10.23 10月23日
1986年10月23日、コリン・デイヴィス指揮バイエルン放送交響楽団

ベルリオーズ:トリスティア
同:水浴びするサラ
同:歌劇「トロイ人」〜王の狩と嵐
チャイコフスキー:交響曲第4番
ミュンヘン、フィルハーモニーガスタイク。

C・デイヴィスのFMライヴは、やはりバイエルンの監督を務めていた80年代が最も多かったように思う。
得意のベルリオーズはバイエルンよりむしろ、たまさかに客演していたウィーン・フィルとのものが多く放送され、「ロメジュリ」や「幻想」
などがある。ここでのベルリオーズの合唱曲二曲はライヴも少なく、珍しい。
チャイコフスキーはC・デイヴィスとしてはこれまた珍しく、重心が実に低く劇的で熱い演奏だ。
2006.10.22 10月22日
1969年10月22日、オイゲン・ヨッフム指揮フランス国立管弦楽団

ブルックナー:交響曲第5番
パリ、シャンゼリゼ劇場。

ヨッフムはライヴでは現在三種類の5番を残しており、ACOとの悠然たる86年盤(TAHRA)、同じくACOとの64年のオットーボイレン・ライヴがある。また、フランス国立管とは他に80年の7番が日付違いながらPEKO、INAから映像も含め出ている。
FMでもかなりの量のブルックナーが放送されていて、記憶だけでも3番(76年ケルン放送響)、7番(74年VPO、80年フランス国立、86年ACO)、8番(77年BPO、82年バンベルク)、9番(84年ベルリン放送響)などがあったと思う。
また、85年ウィーン芸術週間ではフランス国立と6番をやる筈だったが、病欠のため代役サロネンが振り、そちらが放送された。FMでは6番がついぞなかったのは残念至極だ。
このフランス国立との5番はPEKOから出ていたもので、昔ディスク・モンテーニュからも出ていたかも知れない。 演奏時間が86年のラスト・ライヴよりも7〜8分短く、オットーボイレンのものと共に盛時のヨッフムを偲ぶことができる。ただ、第一楽章の出来は全く不完全燃焼で、音響バランスも悪く駄目駄目だ。第二楽章から別人のように持ち直すが、
これもライヴの故か、ある意味でヨッフムらしい。瞬間の音の響きなどにハッとさせられる、巨匠的な凄みが感じられる演奏だと思うが、総じての印象ではオットーボイレンのライヴのがよくまとまっているようだ。PEKO盤では楽章間の間をほぼカットしているのも遺憾だ。
2006.10.21 10月21日
1996年10月21日、カルロス・クライバー指揮バイエルン国立歌劇場管弦楽団

ベートーヴェン:序曲「コリオラン」
モーツァルト:交響曲第33番
ブラームス:交響曲第4番
レオ・キルヒ生誕70年記念コンサート、ミュンヘン、ヘラクレスザール。

DGからDVDが出ているこの演奏会は、演奏後すぐNHK-BS放送されたもので、事実上カルロス・クライバー最後の映像収録になったもの。
録音録画にあたっては、普段は収録さえできれば何でもよい私が、S-VHS標準とDATSPモードで万全の準備をして臨んだもので、いずれ発売されるだろうとは踏んでいたが、それにしても感慨深い。
当時はバレンボイムとベルリン・フィルの定期と並んで放送され、エラく指揮に力こぶの入りまくっているバレンボイムと比べて、やはりクライバーの自然さ、流線型の音楽作りが際立っていたのを思い出す。
演奏に関しては「音楽の友」にこの放送についての詳細分析が金子健志氏によって行なわれているのが興味深く、面白い。ただの演奏会の映像が雑誌で6ページに渡って取り上げられるに値する事件だった訳である。そんな指揮者は最早どこにもいないだろう。
演奏自体は、「コリオラン」でのまるで殺気立った侍のような袈裟懸けの凄まじさと緊張感、モーツァルトでの流れるような典雅と優美(実に繊細に、触ると壊れてしまうガラス細工を扱っているかのような指揮ぶりだ)、ブラームスは力感、寂寥、憂愁などの全てが詰まっており(第三楽章の終結近くで振るのを止め、オケに任せている辺りは少し枯れたかな?と当時思ったりもした)、本当に全く素晴らしいものだ。
2006.10.20 10月20日
1993年10月20日、アルミン・ジョルダン指揮スイス・ロマンド管弦楽団
マルタ・アルゲリチ(ピアノ)

バルトーク:ピアノ協奏曲第3番
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番
ジュネーヴ、ヴィクトリアホール。

90年代に入り、NHK-FMで放送の多くなったスイス・ロマンド管の演奏会。
先頃逝去したジョルダンは、意外にレパートリーの広い人のようで、ほかにツェムリンスキーの叙情交響曲なども放送されていたように思うが、正直ショスタコーヴィチまでやるのかと当時は驚いた。
演奏は正攻法かつ丁寧なもので悪くなく、スイス・ロマンドの意外な重心の低さや局所爆発も聴きものだ。
バルトークはやはりアルゲリチにオケが散々煽られており、非常にスリリングな演奏になっている。
2006.10.19 10月19日
1986年10月19日、ギュンター・ヴァント指揮ベルリン放送交響楽団

シューベルト:交響曲第3番
ブラームス:交響曲第4番
ベルリン、フィルハーモニー。

ヴァントのFM東京で放送されたライヴ録音。
シューベルト3番は他に80年代初頭にNHK響に客演した際のものがあり、ブラームス4番も北ドイツ放送響と85年頃の演奏(拍手なし)がいずれもNHK-FMで放送されていた。
ブラームスでは、ヴァントのあまりにも引き締まった解釈故かオケが付いて行き切れない箇所もあるが、総じて枯れた所のない名演。その上で芯に熱さが感じられライヴの感興も十分。シューベルトも愉悦とは無縁の峻厳な響き。
2006.10.18 10月18日
1989年10月18日、ヘルベルト・ケーゲル指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団

ベートーヴェン:エグモント序曲
同:交響曲第6番「田園」
同:交響曲第5番
バッハ:G線上のアリア
東京、サントリーホール。

1988年10月18日、クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

ワーグナー:タンホイザー〜序曲とヴェーヌスベルクの音楽
同:リエンツィ〜序曲
同:神々の黄昏〜ジークフリートのラインへの旅、葬送行進曲
同:マイスタージンガー〜第一幕前奏曲
同:ヴァルキューレ〜ヴァルキューレの騎行
東京、サントリーホール。

旧東独出身の指揮者二人が、一年を隔てて同日にサントリーホールで織り成した音楽の綾は、今も聴く者を虜にしているようである。彼らの音楽と同等に、彼ら自身がその前後に辿った人生の綾の軌跡にもまた、強く訴えるものがあるからかも知れない。
ケーゲルの演奏は東独崩壊と頃を同じくして行なわれていて、オケ団員との不仲説などもあったようだが、そんなことに関係なく音楽は力強く展開してゆく。「田園」の奇数楽章での優しいとさえ言える細やかで丁寧な表情、「エグモント」や「5番」でのテンポの遅さにもかかわらず持続する緊張と決然とした響きは、忘れ難いものだ。
一方のテンシュテットの来日演奏も、癌を克服した直後のものとは思えぬ実に快活にして懐の深い音楽で、まるでオケ・ピットで奏でているかのような実在感を感じた。「タンホイザー」での音の厚み、「黄昏」の葬送での怒涛の大爆発の凄まじさ、ヴァルキューレの熱狂など、ライヴのテンシュテットならではの素晴らしさだ。

国内にとどまって自決した者と国外に出てその真価を発揮した者、歩みは全く違うが両者とも、
音楽を慈しむように噛みしめて演奏しており、そこに強く心動かされた。
2006.10.18 10月17日
1973年10月17日、小澤征爾指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
鶴田錦史(琵琶)横山勝也(尺八)
篠崎史子(ハープ)ジェームズ・ゴールウェイ(フルート)

ハイドン:交響曲第73番「狩」
石井真木:ポラリテーテン
ラヴェル:ダフニスとクロエ
ベルリン、フィルハーモニー。

73〜4年シーズンでは小澤唯一の客演となった公演。石井作品は第二稿の世界初演で、ノヴェンバー・ステップスのコンビが駆り出されている他、当時ベルリン・フィルに在籍していたゴールウェイと、豪華な布陣だ。また、ダフニスとクロエはカラヤンに録音がないこともあり、この時期のベルリン・フィルの実演は貴重。小澤のダフニスは、75年のサンフランシスコ響との来日ライヴもある。
当時の小澤は若く溌剌、ライヴではなかなか力のある演奏を聴かせている。他にも75年のベルリン・フィルとの「千人」や、LSOとのザルツでの「火の鳥」、チャイコフスキー4番、同じくザルツでのドレスデンとのブラームス1番など、国内でも旧日本フィル解散コンサートでの「復活」は何かがビンビン伝わる素晴らしいものだった。70年代までの小澤はパワーがあった。
この演奏会もその力強さは感じられ、かつ繊細さにも配慮し、後年の「蒸留水みたいな云々」と揶揄された覇気のなさは皆無だ。東洋人の振る西洋音楽へのジレンマなど考えてもしょうがない、オレはオレの音楽をやるんだ、的ないい意味での開き直った爽快さがあると思う。
それにしてもベルリン・フィルの各ソロの上手さには脱帽だ。聴衆の盛り上がりも尋常ではない。
この演奏会の放送にはゲストで石井真木が呼ばれており、在住していたベルリンの音楽事情をホストの柴田南雄翁と熱く語り合っているのも聞きもの。
2006.10.16 10月16日
1968年10月16日、ヤーノシュ・フェレンチーク指揮日本フィルハーモニー交響楽団

バルトーク:管弦楽のための協奏曲
同:管弦楽のためのディヴェルティメント
同:中国の不思議な役人(組曲版)
日本フィル第166回定期、東京文化会館。

CD初期の「カペレ不滅のライヴ・シリーズ」からの一枚。他にストコフスキー、ミュンシュ、マルケヴィチなど、錚々たる顔ぶれの日本フィルのライヴがリリースされていた。なお、「ディヴェルティメント」は時間の関係か収録されていない。
また、この当時辺りの「オケ・コン」といえば、67年5月のフィラデルフィア管のオーマンディとの初来日公演が、忘れ難いゴージャスな名演だ。
フェレンチーク(1907-1984)はハンガリー楽壇の大立者で、ハンガリー国立歌劇場、国立響にブダペスト・フィルなどのポストを一手に握っており、74年と76年の来日公演(国立響)も放送されている。ハンガリー国外のオケへの客演公演ライヴは ほとんど放送されなかったので、これは貴重だ。
演奏はライナーやショルティ、ドラティなどの同国人指揮者に近いもので、直截的な表現を軸に、エモーショナルな熱さにも欠けることはない。日本フィルも金管に粗さはあるものの非常に誠実に、よく答えていると思う。
2006.10.15 10月15日
2004年10月15日、ヴラディーミル・フェドセーエフ指揮フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団
ミーシャ・マイスキー(チェロ)

サン=サーンス:交響曲「首都ローマ」
チャイコフスキー:ロココ風の主題による変奏曲
同:歌劇「エフゲニー・オネーギン」からの管弦楽編曲
同:幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」
パリ、ラジオ・フランス内サル・オリヴィエ・メシアン。

フェドセーエフのパリ客演。ネットラジオの音源だが、フランスの放送局はいまだ音質がよくなく、Musiq3(ベルギー)やSRP2(スウェーデン)など、他国の高音質局で放送されたものを録音した。
フェドセーエフは、パリでは放送フィルと良好な関係を築いているようで、来月にも客演予定が入っていて、ラフマニノフを取り上げる模様だ。
しかし、活動の主体がモスクワ放送響のようなので、ネットラジオではそれほど彼の指揮が流れている訳ではない。パリへの客演と、モスクワ放送響との演奏旅行時に限られており、春先にほんの一、二週間だけ音質のよくなったORFで流れたときはそのタイミングのよさに狂喜したものだ。最近ではチェコのVltavaでプラハ来演の「レニングラード」などが放送されていた。
上記パリ客演はサン=サーンスの習作が珍しく、ライヴではおそらく初放送だろう。また、「フランチェスカ・ダ・リミニ」における燃焼度が凄い。
DR(デンマーク放送)で放送されている「Music around」のほぼ半分を聴きました。既報の通り、最終日のボレイコ指揮の8番以外はDRの番組表にも出ているようです。

9月28、29日 トマス・ダウスゴー指揮国立放送響(4番) 
29日 トマス・センデゴーThomas Søndergaard指揮シェラン響(2番、11番)
30日 アレクサンドル・ラザレフ指揮イェーテボリ響(10番)
10月12日 ユーリ・テミルカーノフ指揮国立放送響(13番)

とりあえず上記の演奏会をすべて聴きました。
ダウスゴー指揮の4番は、二日目に前プロでニールセンのフルート協奏曲でソリストを務めたエマヌエル・パユが、放送響の演奏会後にリサイタルを持ち(!)、バッハなどの小品を披露。この放送には驚きました。
同じ形で26日のボレイコの演奏会でも前プロでハイドンを弾くピーター・ウィスペルウェイが、このNight concertにてバッハとブリテンの無伴奏を取り上げるようなので、これも要注目でしょう。
前半を終えての所感としては、DR放響のオケとしての上手さが際立っていたこと。もう一年ほどもこのオケを聴いていますが、音楽監督と首席客演の二人の指揮に見事に食らいつき、特にダウスゴーとの4番は出色の出来でした。
ソロもアンサンブルも実に素晴らしく、ダウスゴーの伸縮するテンポにもすいすいと反応しており、ゲルギエフ&ロッテルダムのウィーン公演以来の名演奏を聴かせてくれました。ダウスゴーの解釈としては静かな箇所では思い切りテンポを落とし、美しいピアニッシモを連綿と聴かせ、轟然たる大音響を伴うところや切迫した箇所でテンポを目一杯に速め、自在に伸び縮みさせていて、非常にダイナミックレンジの広い、音響の遊戯、といった感のあるものでした。
これに比べるとオケは上手いもののテミルカーノフの振った「バビ・ヤール」はもうひとつ冴えず、胸に迫るものがありませんでした。表現に深みのない、小手先の演奏といった風情。アレクサーシキン(以前京都で井上道義とも歌っていました)やDRの男声合唱が力唱だっただけに、残念。いまだにコンドラシンの演奏が凄過ぎるのでしょうか。
このほか、若いセンデゴーの2番と11番は、非常にシャープな音作りでまあまあ。期待のラザレフも意外に重過ぎぬ10番を振ってこれは名演でした。前プロのアレクセーエフとのチャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番が、ジョン・リルとヴァルター・ヴェラーのプロムス・ライヴ以来のスウィングぶりで素晴らしかった。
後半もテミルカーノフ面目躍如なるかの「レニングラード」、中堅タコ指揮者として頭角を現しているウィグルスワースの1番と15番、アシュケナージ代役で4番の名演を聴かせたボレイコの8番と、こちらも楽しみ。

また、10月に入ってハンガリーBartokRadioもショスタコーヴィチ特集を始めたようです。こちらは全弦楽四重奏曲と全交響曲を番号順に一曲ずつ紹介しているようで、昨夜1番からスタートしました。
交響曲第1番はなぜかこの曲を偏愛しているマズアの指揮で、今後もライヴとスタジオ録音を取り混ぜて年末までで完結するようです。交響曲第2番でコンドラシンの1976年の演奏を流すようですが、これはもしかすると初出のライヴかもしれません。
2006.10.14 10月14日
1990年10月14日、ヴァーツラフ・ノイマン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ドヴォルザーク:交響的変奏曲
ベートーヴェン:交響曲第7番
ウィーン、ムジークフェライン大ホール。

ノイマンはこの時期ウィーン・フィルの常連で、毎年一度は定期に招かれていたようだ。
翌91年にも10月13日のライヴが放送されている(パルジファル〜聖金曜日の音楽、マルティヌー/野外のミサ、ヤナーチェク/グラゴル・ミサ)。
この90年のライヴも精気に満ちており、素晴らしい。ドヴォルザークは実に活気に満ちており、ベートーヴェン7番もじっくりとテンポを取り、各奏者をよく歌わせてオケの魅力を存分に引き出している。
2006.10.13 10月13日
1985年10月13日、ハインツ・ヴァルベルク指揮ウィーン・トンキュンストラー管弦楽団
ルドルフ・ブフビンダー(ピアノ)

ベートーヴェン:エグモント序曲
同:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
同:交響曲第5番
松戸、聖徳学園川並記念講堂。

FM東京のTDKオリジナル・コンサートの最後期の録音。他にクルト・ヴェスなどと初来日したトンキュンストラー管の公演。
会場はTDKの放送リストでは世田谷区民ホール、私のテープは五反田の簡易保険ホールとなっている。また、来日オーケストラの公演を記録している「海外オーケストラ公演記録抄」というサイトのデータでは松戸になっていて、それに従った。
ベートーヴェンは交響曲第5番しか持っていないが、演奏は堂々として厚みもあり、素晴らしいものだ。このヴァルベルクという職人を偲ぶに相応しいものである。
トンキュンストラー管はあまり放送がなく、前年84年のリンツ・ブルックナー・ フェスティヴァルの朝比奈指揮の演奏会(マガロフとのリスト、ブルックナー6番)がある程度。
2006.10.13 10月12日
1967年10月12日、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団

マーラー:交響曲第6番「悲劇的」
クリーヴランド、セヴェランス・ホール。

セルのマーラーは、交響曲で4番、10番のアダージョとプルガトリオ、「子供の不思議な角笛」(シュヴァルツコップ、F・ディースカウ)のスタジオ盤があるだけだと思う。
ライヴになると69年の第9番、70年の「大地の歌」が、いずれもFM横浜で放送されていた。
6番は14日の演奏がSONYから出ていて、VIRTUOSOレーベルから12日の演奏がその後出た。
私の所持しているのは12日の音源で、CS-PCM放送のものだが、もしかすると6番もFM横浜あたりで放送済みかもしれない。
SONY盤より12日の演奏の方が、第二楽章で30秒、第三楽章ではなんと二分も遅くなっていて、テンポにも揺れが聴かれるそうだ。楽章の入れ替えはない。
また、マーラー的な毒というか、刺激は薄い演奏になっていて、第一楽章のティンパニの音の遠さには唖然としたが、第二楽章辺りから精緻なアンサンブルを十全に楽しめるようになる。
ただ、完璧過ぎる合奏とセヴェランス・ホールのデッドな録音のために、響きがあまりにも薄く聴こえるのは残念ではある。
独特の静謐な美しさが感じられる第三楽章は全曲中の白眉。フィナーレも阿鼻叫喚の地獄絵図、という訳ではなく、一歩引いた冷静さがあるのでこれは好き好きだろう。それにしても変わった箇所での局所爆発が結構面白く、飽きない演奏だ。
2006.10.13 10月11日
1991年10月11日、マレク・ヤノフスキ指揮フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団
フランク・ペーター・ツィンマーマン(ヴァイオリン)

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番
ブルックナー:交響曲第5番
パリ、バスティーユ・オペラ。

ヤノフスキのブルックナーのライヴは、放送フィルとの第6番が以前ライヴ集成の形で出ていた。また、ヤノフスキのライヴはこのところかなりの量がネットラジオで放送されていて、モンテカルロ・フィルとの3番、ベルリン放送響との5番もつい最近流れた。
フランスのオケのブルックナーは、70年代末からFMでも何度か流れていて、ヨッフムの7番、マタチッチの5番、サロネンの6番(ウィーン芸術週間来演、ヨッフム代役)、オーガン・ドゥナルクの9番(フランス放送新管―放送フィルの前身)などが記憶に残っている。このうちヨッフムはINAからCD化され、DVDでも出た。マタチッチも先年CD化された。
この5番の響きは、ブルックナー演奏としてはかなり異質な感じだ。オケがラテン的な明るい響きで、彫りの深い、相当劇的な表情を聴かせていて、面白い。
2006.10.10 10月10日
1989年10月10日、エーリヒ・ラインスドルフ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

ブラームス:大学祝典序曲
シューマン:交響曲第1番「春」
ブゾーニ:ファウスト博士〜サラバンドとコルテージュ
ラヴェル:ラ・ヴァルス
ベルリン、フィルハーモニー。

ラインスドルフの晩年はやはり素晴らしい。全プログラムがただの交通整理屋ではないことを証明する張りのある大演奏。この上手すぎるオケを相手に一歩も引かず、十全にドライヴする様は見事だ。キッチリと手綱を握り、音が飽和状態になるのを抑えているために実に格調の感じられる、緊迫感さえ感じられる演奏になっている。
最後のラヴェルでは興奮した客の声にならぬ「ヒョオ〜」という歓声が聞かれる。
前掲のリヒテルのメモによると、ブラームスの2番の協奏曲を録音した時は散々だったそうだが、後に聴き返すと良くなっていたとラインスドルフについて語っているのが興味深い。
この時期のベルリン・フィルは首席指揮者不在だが、先日のザンデルリンクといい、名演が多い。
2006.10.09 10月9日
1980年10月9日、ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団

モーツァルト:交響曲第36番「リンツ」
ブルックナー:交響曲第3番「ワーグナー」
ミュンヘン、ヘラクレスザール。

クーベリックは首席を退いてからも頻繁にバイエルンに客演し、名演奏が次々にFMで流れていたが、これもそのうちの一つ。ブルックナーは77年の6番と、84年頃の9番がある(9番は同時期にベルリン・フィルとも演奏している)。
3番はスタジオ盤とも同じエーザー版を使っていると思われる(最終楽章結尾など確認)が、演奏の熱血漢ぶりは素晴らしく、燃えている。しかし羽目を外しすぎてはいないので、音楽のフォルムは乱れることなく曲自体が浮かび上がる。
モーツァルトも同傾向で、典雅で美しい。
2006.10.08 10月8日
1964年10月8日、カール・シューリヒト指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

シューマン:「マンフレッド」序曲
モーツァルト:交響曲第38番「プラハ」
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
ベルリン、フィルハーモニー。

TESTAMENTからアナウンスされたときからの待望の一枚で、音源が同じかは不明だが、海賊音源でも出ていたもの。
TESTAMENT盤の収録はベルリン・ブランデンブルク放送(当時は自由ベルリン放送)で、同じレーベルから出たクレンペラーの客演時はドイチュラント・ラジオ音源だったが、これらと比べればそれほど音質に差はない。現在でもベルリン・フィルの演奏会の録音は、数は多くないが両放送局が持ち回りで担当しているようである。
この演奏会はシューリヒトの最後のベルリン客演らしく、彼自身最晩年の(翌年のザルツ出演時のモーツァルトが最後になった)演奏でもある。
シューリヒトのライヴではいずれの曲も複数の演奏が出ており、「マンフレッド」では全曲がシュトゥットガルト放送響(52年)、序曲がフランス国立管(55年、63年)、NDR(57年)、「プラハ」ではウィーン・フィル(60年ザルツ)、シュトゥットガルト放送響との演奏があり、エロイカもウィーン・フィル(61年ザルツ)、フランス国立管(63年)と三曲ともかなり得意にしていた。
演奏はいずれも素晴らしく強烈なシューリヒト節に、ベルリン・フィルもよく食らいつき、ライヴらしい凄味が満点だ。特にエロイカはすさまじく、表現の深みではこのベルリン・フィルの演奏が一番ではなかろうか。葬送行進曲など抉りが効いており、荒れ狂わんばかり。
2006.10.07 10月7日
1980年10月7日、クラウス・テンシュテット指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
バベッテ・ヒアホルツァ(ピアノ)

プフィツナー:ハイルブロンのケートヒェン〜序曲
モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番
ドヴォルザーク:交響曲第8番
ベルリン、フィルハーモニー。

テンシュテットのドヴォルザーク8番は、ライヴ録音ではFM放送された上記の演奏と78年フィンランド放送響があり、CDで89年フィラデルフィア管、BBCから91年のロンドン・フィルとのものが出ていて、都合四種を聴くことが出来る(ライヴはいずれも海賊盤が出ていた)。
89年の演奏は聴いていないが、ベルリン・フィルとのものがやはり抜きん出ているように思う。91年の演奏も深い演奏だが、ややホールトーンが風呂場的なのがあえて言えばマイナスだ(その意味でマーラー6番も聴き比べたいが…)。
80年ライヴはとにかくオケが滅茶苦茶上手い。テンシュテットの集中力も半端ではない。うねりにうねっていて、その音楽のリアルさ、激しさ、呼吸の深さといったらもう凄いものだ。第二楽章の休符の間、第四楽章中間の寂しげな弦とフルートのやりとりの呼吸、第三楽章の後ろ髪を引かれるように弾むリズムの微妙な危うさ、全合奏の決して野放しにならない暴れっぷりなど、すべてが聴き所。
前半のプフィツナーも曲自体が美しく、聴きものだ。


1984年10月7日、クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

ヴェーバー:「オベロン」〜序曲
シューベルト:交響曲第7番「グレート」
ロンドン、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール。

BBC Legendsから最近出たCD。このほか同時にバルビローリのベートーヴェン5番、ジュリーニのドヴォルザーク7番、ロストロポーヴィチとロジェストヴェンスキーのチェロ協奏曲3曲などと出た。いずれの組み合わせも日本ではFM放送されたことがなく、たいへん貴重な上、この演奏家たちのライヴで聴いてみたかった曲が揃っており、素晴らしいリリースとなった。
テンシュテットの大ハ長調だけは、前年83年春にベルリン・フィルへの客演が放送されている。
この10月7日の公演は、ほかにホルへ・ボレットとのシューマンの協奏曲が演奏されている。また、3日前の10月4日にも、「未完成」、マルティヌーのピアノ協奏曲第1番(ウェルトマン独奏)、「新世界から」というプログラムを指揮しているようだ。
演奏は一曲目の「オベロン」からすでに力が入ったもので、軽躁さのない響きの暗さ、重みはまさにテンシュテットならではだ。
ただ大ハ長調となると、各楽器のソロ、合奏ともにベルリン・フィルに及ばぬ面もあるものの、十分に素晴らしい熱さが感じられ、フレージングや響きのバランスの面白さなどこの指揮者の主張はよく伝わってくる。
なお、曲の最後をディミヌエンドで終わらせているのはベルリン・フィルとの演奏と同じく、テンシュテットの流儀のようだ。
2006.10.07 10月6日
1964年10月6日、ワーグナー:ローエングリン

フリッツ・ウール(ローエングリン)
ヴィクトリア・デ・ロス・アンへレス(エルザ)
クリスタ・ルートヴィヒ(オルトルート)カルロス・アレグザンダー(テルラムント)
フランツ・クラス(ハインリヒ王)ジャン=ピエロ・マストロメイ(伝令)

ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮ブエノスアイレス・コロン劇場管弦楽団
ブエノスアイレス、コロン劇場。

アルゼンチンのコロン劇場は、日本でFM放送されたことはまったくないのだが、昔から大指揮者が客演に訪れそのライヴ録音も数多い。たとえばARIOSOから出ていた、1941年ごろのトスカニーニの第九なども昔からマニア間で流通している。
ワーグナー上演でも戦前のエーリヒ・クライバー指揮「トリスタン」「ヴァルキューレ」などが残っており、戦後はシュタインが「トリスタン」(71年、VAI)、ラインスドルフが「パルジファル」(69年、Living Stage)、ライトナーが「マイスタージンガー」(68年、同)と振ったものが出ていた。
ちょっと前にLiving Stageが上記ライトナーとラインスドルフを続けて出したので、この「ローエングリン」も出るかと思ったが、先にサヴァリッシュとスカラ座の方が復刻されてしまい、ついぞ出なかった。
マタチッチのワーグナーは、全曲ではこの「ローエングリン」と1962年のRAIでの「名歌手」しか残っておらず、「ローエングリン」は二種あり1959年の圧倒的に素晴らしいバイロイト公演とこのコロン劇場のものがある。全曲ではないが1983年ブダペストでの「黄昏」第三幕も大変な名演だ。60年代後半にミュンヘンで「リング」を振っており、ウィーンでも度々指揮しているので、これからの発掘に期待したいところだ。
配役ではやはりロス・アンへレスが目を引き、第一幕での祈りの場面など非常にリリカルな歌で素晴らしい。彼女のワーグナーのライヴは、このほか1961年にただ一度だけのバイロイト出演でエリーザベトを歌ったものがあるのみ(サヴァリッシュ指揮、Myto)。ウールは60年代前半のバイロイトでジークムントを歌い続けるなど、この時期の代表的なヘルデンテノールだが、ローエングリンはこれだけだ。今聴くとやや鼻にかかったような声で、ヘルデンの役としては少し魅力に欠けるところもある。歌ではルートヴィヒとクラスが、やはり見事。
2006.10.07 10月5日
1975年10月5日、キャシー・バーベリアン(独唱)
アンドラーシュ・ミハーイ指揮ブダペスト室内合奏団

ベリオ:フォーク・ソングス
ブダペスト音楽週間、リスト音楽院大ホール。

「現代音楽のマリア・カラス」バーベリアンの、彼女のために作られた曲の演奏。
FMでは75年のアスコーナ音楽週間とこの78年にブダペストに客演した際のライヴが残されており、前者の幾つかの曲はERMITAGEから出ていた。また後者の放送は上記の演奏と、7日のリサイタルの模様、それにバーベリアン自身のインタヴューと併せてのものだった。ブダペスト公演は、のちにネットラジオのBartokRadioでもアーカイヴ番組で放送されていた。
このクラシックの範疇にとらわれない異色のヴォーカリストの魅力には一時期、ハマりまくったものだ。7日のリサイタルでも夫ベリオはもとより、モンテヴェルディやペルゴレージ、ヴァイルやケージにドビュッシー、果てはビートルズのナンバーまで披露している。
表現の多彩さと独特の退廃的なムードは、やはり偉大な歌手と呼ぶに相応しい。特にブダペストでもタヴェルナでもアンコールで聴かせるガーシュインの「サマータイム」は絶品の素晴らしさで、オペラ歌手による同曲など、いまだに聴けないほどに見事なもの。
ベリオのこの曲も後にファン・ネス(強烈!)&シャイー、リポヴセク&M・ヤンソンスでライヴが放送されていて、それはそれで素晴らしいが、こちらの方もミハーイのアンサンブルに何とも言えぬ鄙びた風情があり、バーベリアンの歌も劇的に肥大化せぬ語りかけるようなよさがある。
2006.10.04 10月4日
1979年10月4日、レナード・バーンスタイン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

マーラー:交響曲第9番
ベルリン芸術週間、フィルハーモニー。

バーンスタイン唯一のベルリン・フィル客演。CDでDGから出ているが、そちらは編集されているようだ。しみじみと始まる熱烈な拍手もない。また、当然ながら海賊盤はFMのエアチェック音源が使われているようであった。
バーンスタインは70年のNYP、85年のイスラエル・フィルとの来日公演でもマーラー9番を取り上げているが、放送はなかったようで、海外ライヴでもこの曲のこれ以外の演奏は放送されていないと思う。ただ85年の来日公演のものと思われる録音の存在は未所持だが確かなようだ。また、BPOにとってはバルビローリ以来16年振りのマーラー9番だった。
演奏については散々語られているが、まさに一期一会の奇蹟的なものだ。
カラヤンとの確執とかBPOとの軋轢、などそんなことはもうどうでもよく、これほど指揮者とオケがテクストを音化するのに必死になっている演奏はもう他にないのではないか、というほどの凄まじい没入と表現が聴ける。あらゆる意味で次元の違う演奏だ。あまりにも凄過ぎて何か特別な時にしか聴けない。
放送で解説を担当した金子健志氏も、後に自著「マーラーの交響曲」で分析的且つ感慨深げな一文を寄せていた。
それにしても、こういう放送があるからネットラジオにほぼ移行した現在でも、エアチェックが欠かせないのだ。
2006.10.03 10月3日
1984年10月3日、オトマール・スイトナー指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団

モーツァルト:交響曲第38番「プラハ」
R・シュトラウス:ドン・キホーテ
シューベルト:交響曲第7番「グレート」
ベルリン、シャウシュピールハウス。

落成記念公演三日目。スイトナーとSKBのライヴは、来日公演以外ではかなり珍しい。
この時期のスイトナーは、シューマンやシューベルト、ブラームスにベートーヴェンなどの交響曲全曲録音を次々にSKBと出しているが、ライヴではN響への客演が大半だった。
この演奏会は、大ハ長調のセカセカ加減が微妙。リズム感も鈍く、才気のない演奏なのは残念だ。ドン・キホーテは落ち着いた雰囲気で素晴らしいし、モーツァルトも愉悦の感じられる好演ではあるが。
2006.10.02 10月2日
1984年10月2日、ハインツ・レーグナー指揮ベルリン放送交響楽団
イーゴリ・オイストラフ(ヴァイオリン)ジークフリート・ローレンツ(バリトン)

デッサウ:バッハ変奏曲
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
ヘンデル:デッティンゲン・テ・デウム
ベルリン、シャウシュピールハウス。

落成記念公演の二日目。この日は旧東ベルリン第二のオケ、ベルリン放送響が演奏会を持った。指揮は当時の音楽監督レーグナーで、彼らしい渋いプログラムだ。
いきなり余談だが、西のベルリン放送響がベルリン・ドイツ響と改称するまでは、東と西で二つのベルリン放響があり、非常に紛らわしかったものだ。まあ東西冷戦時のことだから、振っている指揮者の名前を見ればすぐにどちらか分かったのだが。
演奏は、小オイストラフのチャイコフスキーが丁寧に美しく弾くソロと、溌剌としたオケの対比が素晴らしい。ヘンデルはローレンツがいい声で、オケも世俗を離れたかのような何とも言えぬ美しさで、暖かくも繊細な肌触り。レーグナーはやはり名指揮者だ。
2006.10.01 10月1日
1984年10月1日、クルト・ザンデルリンク指揮ベルリン交響楽団

ベートーヴェン:交響曲第5番
シャウシュピールハウス落成記念、ベルリン、シャウシュピールハウス。

ドイツ統一後、コンツェルトハウスと呼ばれているこのホールの落成記念公演。
当時の東独首脳が西のフィルハーモニー(ワインヤード型)に対抗して、シューボックス型の本格的なコンサートホールを建てたのがこのシャウシュピールハウスで、落成した10月の頭に記念公演が数日に渡り行なわれている。NHK-FMではこの模様が放送されているので、今日から三日間はそのライヴをご紹介したい。
まず1日は記念のガラ・コンサートだったようで、ザンデルリンクと当時ベルリン響監督のフロールが登場し、ザンデルリンクはベートーヴェン5番を、フロールは現代曲を振ったようだ。また、ペーター・シュライアーがリートをレーゼルのピアノで何曲か披露している(尤も私はそのシュライアーの歌ったシューベルトの「セレナード」とベートーヴェン5番しか持ってないが)。
ベートーヴェンは最近聴き直して評価を改めた。ホールの録音のせいか、ザンデルリンクの音響バランスのせいか(おそらく両方か?)、弦楽器重視の演奏になっており、金管やティンパニの威力がやや後退しているため今ひとつに聴こえたのだ。
しかしこの弦の力はどうだ!ザンデルリンクもフレージングこそ独特な箇所が若干目立つとはいえ、よくオケを歌わせながら統率の腕も見事なものだ。第一楽章でのオーボエのソロを、随分と引き伸ばして吹かせ、その後を一気呵成に聴かせる辺りの演出の巧みさ、第三楽章の低弦のいぶし銀の響き、第四楽章での悠然たる歩みと輝かしい弦は全く素晴らしい。
特にたっぷりとした響きで呼吸の深い、美しく優しい第二楽章は出色の出来だ。
なお、この演奏はLASERLIGHTから出ていた音源と同一のもののようだ。