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2008.02.14
追悼 市川崑
昨日13日未明、映画監督市川崑さんが亡くなりました。92歳でした。
全く対照的な作風とはいえ、小林正樹と市川崑は最も贔屓の映画作家でした。
彼の作品はまず先に映像云々で語られることが多かったように思います。それでいて人間の寂しさや孤独、不安といったものをそくそくとあぶり出していく、繊細な作風の方だったと思います。
独特のアングルやカッティングを多用し、一見奇抜な方法の語り口で、人物の揺れさざめくような情感表現を的確に表出していた名監督です。
お歳がお歳でしたから大往生と言えるにせよ、かなわぬ夢ながらこのひとの演出する「トリスタンとイゾルデ」を観たかった。きっとドライにして燃え上がる、青白い炎のような「トリスタン」を創ってくれたのではないかとしょうもない妄想をしてしまいます。
「吾輩は猫である」(1975)のバッハや、「東京オリンピック」(1965)の黛敏郎の仰々しい音楽の使い方も忘れ難いのですが、「おはん」(1984)での、日本のコスチュームプレイでマーラーのアダージェットを使うという斬新さが強く印象に残っています。
代表作はやはり「おとうと」(1960)でしょうか。これからビデオを引っ張り出して故人を偲びたいと思います。
全く対照的な作風とはいえ、小林正樹と市川崑は最も贔屓の映画作家でした。
彼の作品はまず先に映像云々で語られることが多かったように思います。それでいて人間の寂しさや孤独、不安といったものをそくそくとあぶり出していく、繊細な作風の方だったと思います。
独特のアングルやカッティングを多用し、一見奇抜な方法の語り口で、人物の揺れさざめくような情感表現を的確に表出していた名監督です。
お歳がお歳でしたから大往生と言えるにせよ、かなわぬ夢ながらこのひとの演出する「トリスタンとイゾルデ」を観たかった。きっとドライにして燃え上がる、青白い炎のような「トリスタン」を創ってくれたのではないかとしょうもない妄想をしてしまいます。
「吾輩は猫である」(1975)のバッハや、「東京オリンピック」(1965)の黛敏郎の仰々しい音楽の使い方も忘れ難いのですが、「おはん」(1984)での、日本のコスチュームプレイでマーラーのアダージェットを使うという斬新さが強く印象に残っています。
代表作はやはり「おとうと」(1960)でしょうか。これからビデオを引っ張り出して故人を偲びたいと思います。
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